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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1916号 判決 1961年11月20日

控訴人

日本交通タクシー株式会社

外一名

被控訴人

永山君枝

外一名

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人らは、各自、被控訴人永山君枝に対し金十八万円、被控訴人永山喜久枝に対し金十三万五千円及び右各金員に対する昭和三十二年十一月十二日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

被控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じこれを五分し、その三を控訴人らのその余を被控訴人らの負担とする。

この判決は、被控訴人永山君枝において金五万円被控訴人永山喜久枝において金四万円の担保を供するときは、その勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

控訴人ら控訴代理人は、原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す、被控訴人らの請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とするとの判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、被控訴人ら訴訟代理人において、「本件事故は青梅街道から都営バス堀ノ内営業所前を経て代田橋方面へ通ずる道路上において発生したものであるが、右道路は、両側に煉瓦・石畳・側溝の部分がありその余の中央部分幅員約六・三五米が全部アスフアルトで舗装されているところ、青梅街道から事故現場高橋燃料店前に至るすぐ手前において約二十五度の左折カーブをなしている上現場附近は相当程度の上り坂道となつており、かつバス路線が数本通つているほか一般自動車の通行量も相当あり交通量に比し道路の幅員が狭い所である。そして、控訴人李勝春は、控訴人日本交通タクシー株式会社(以下「控訴会社」という。)の自動車を運転して右道路を北(青梅街道方面)から南(代田橋方面)へと進行し高橋燃料店前にさしかかり反対方向から来る都営バスとすれ違う際、右自動車を亡永山シマに接触せしめ同人を道路上に転倒させたものである。高橋燃料店は右道路の東側にあり道路に面しているが、シマは同店から出て道路を横断しようとして同店前の道端に佇立していたところを右のように本件自動車に接触させられ転倒したものである。なお、当時高橋燃料店前には砂利が置かれていたがその砂利は道路アスフアルト部分にはほとんど在しなかつたものである。本件事故現場及びその附近の状況並びに事故の模様に関する従前の主張を右のとおり敷衍しかつ明確にする。」と述べ、過失相殺に関する控訴人ら主張事実を否認し、控訴人ら訴訟代理人において、「被控訴人ら主張の右事実中、控訴人李勝春の運転する自動車が本件事故現場を北から南へと通過したこと、その附近の道路のカーブ及び勾配並びに道路の幅員及び交通量が被控訴人ら主張のとおりであること、亡永山シマが高橋燃料店前道路上で転倒したこと、当時同店前には砂利が置かれていたこと等の事実は認めるが、その余の事実は否認する。右の砂利は、道路アスフアルト部分にも存していたものである。次に、被控訴人ら従前主張の事実中、シマが生前遺族扶助料として一箇年に金二万千三百円の給付を受けていたこと及び本件事故発生当時の同人の生活費が一箇月金三千五百円であつたことは認める。抗弁として、仮にシマの死亡が控訴人李の運転する自動車との接触に基因するものであり、これにつき控訴人李に過失があつたとしても、本件道路は交通量が多くかつ事故現場附近においてカーブをなしていることについては被害者たるシマにおいても熟知しているのであるから、同人は、道路上に出るに当り路上の交通状況に注意を払い路上東側を北から南へ進行する本件自動車の通過をまつて路上に出るべき注意義務があるのにかかわらず、これを怠り慢然と路上に飛出したため本件自動車と接触したのであつて、この点同人に過失があるというべく、右過失は、当然本件損害賠償の額を定めるにつき斟酌されるべきである。」と述べ、(証拠省略)ほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、その記載をここに引用する。

当裁判所は、控訴人らの申立によりダツトサン五五年型小型乗用自動車の車体の高さその他の事項の調査を日産自動車株式会社に嘱託した。

理由

控訴会社が一般自動車運送業を営み控訴人李勝春が控訴会社に雇われている自動車運転者であること、訴外亡永山シマ(死亡当時六十一才)が昭和三十年三月二十四日午後零時三十分ころ東京都杉並区和田本町千七十九番地高橋燃料店方前道路上で転倒し頭部を強打したこと、そのころ控訴人李の運転する業務用乗用自動車が右道路を北から南へ通過したこと、シマが翌二十五日死亡したこと、右道路の高橋燃料店前附近におけるカーブ・勾配・幅員及び当時における右道路の交通量が被控訴人ら主張のとおりであること並びに当時同店前に砂利が置かれていたこと(ただし、砂利が道路アスフアルト部分にあつたかどうかについては争いがある。)は、いずれも当事者間に争いがない。

被控訴人らは、シマの死亡は控訴人李の運転する右自動車に接触して転倒し致命傷を受けたことによるものであり、かつ右接触については同控訴人に過失があると主張するので、判断するに、当事者間に争いのない前記各事実に成立に争いのない甲第一号証から第五号証まで、第六号証の一から七まで、第七号証から第十九号証まで及び乙第一号証、第二号証、第三者の作成に係り当裁判所が真正に成立したものと認める甲第二十四号証の一、原審証人牛膓五郎治、葉梨久三郎、原審及び当審証人神山正己、田中昭一郎、当審証人藤田新吉の各証言並びに原審における被控訴人永山君枝、原審及び当審における控訴人李勝春本人尋問の結果(右甲第四号証、第五号証、第六号証の一、第十号証、第十七号証及び乙第一号証、第二号証の各記載、証人田中の証言並びに控訴人李の本人尋問における供述中後記信用しない部分を除く。)に原審及び当審における検証の結果を総合すれば、控訴人李は、控訴会社の業務として乗客二名を乗せて前記自動車を運転し前記時刻に前記道路を時速三十五粁で北から南へ進行し高橋燃料店の手前まで来たところ、反対方向から進行してきた都営バスを認めこれとすれ違おうとしたこと、右道路は、北から来ると高橋燃料店の手前において約二十五度の左折カーブをなしている上同店前附近はやや上り坂となつていて見通しは必ずしも良好でなく、かつ交通量に比し道路の幅員はそれほど広くないこと、およそ自動車運転者としては自動車を運転するときはいかなる場合にも前方及び左右の状況を注意すべきことはもちろんであり、しかも右のように見通しも良くなくそれほど広くない道路においてしかも前から来る車がバスという大型車であるときには格別周到の注意を払い徐行しいつでも停車しうるよう危険を未然に防止すべき注意義務があるのにかかわらず、控訴人李は、これを怠り右バスとすれ違うことばかりに気を奪われ周囲の状況に十分な注意を払わず格別減速するということもなく自己の自動車を道路の左側(東側)一杯に寄せて進行したため、折柄右道路東側高橋燃料店において木炭の注文をすまし同店から出てきて道路を西側に横断しかけていた永山シマを発見することができず、したがつて急停車その他危険防止の措置をとることができなかつた結果、右自動車の左側ドア附近を同人の右腰部附近に接触し同人を高橋燃料店前道路上・店先から一・四五米の地点に転倒させよつて同人に後頭部骨折による頭腔内出血という致命傷を与えたこと、同人は直ちに附近の葉梨医院に運ばれ手当を受けたがそのかいなく右傷害により約十二時間後に死亡するに至つたこと等の事実を認めることができる。前記甲第四号証、第五号証、第六号証の一、第十号証、第十七号証及び乙第一号証、第二号証の各記載、証人田中の証言、並びに控訴人李の本人尋問における供述中には右認定に一部抵触する部分があるけれども、これらはいずれも信用することができず、ほかには右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがつて、シマの死亡は前方及び側方の状況に注意することを怠り減速もせずシマの通過を看過したという控訴人李の過失に基くことが明らかである。しかしながら、右認定の事故現場附近の道路の状況及び交通量に照らして考えると、シマは高橋燃料店から出て道路を横断するに当つては左右に十分注意し安全を見極めた上横断すべきであつたものというべく、一方、右認定のシマが転倒した位置から考えると、シマは同店から数歩出たところで右自動車に接触したものと認められ,そうすると、シマにおいても慎重な注意を怠つたという過失があつたものというべく、本件事故は、必ずしも控訴人李の過失ばかりに基因するものとすることはできない。したがつて、本件事故及びこれによるシマの死亡は控訴人李とシマの双方の側に存する過失が競合して生じたものとして、本件損害賠償の額を定めるに当り、被害者たるシマの過失は当然斟酌されなければならないけれども、加害者たる控訴人李に前示過失があることが明らかである以上同控訴人は本件事故につき不法行為に基く責任を免れないところ、右不法行為は同控訴人が控訴会社の被用者としてその事業の執行につきなした所為であるから、控訴会社もまた民法第七百十五条により使用者としての責任を負わなければならないというべきである。

そこで、被控訴人ら主張のシマ並びにその子女としての被控訴人両名及び訴外藤本富美枝の損害につき判断する。

被控訴人らは、まず直接の被害者シマ自身の得べかりし利益の喪失という財産的損害を主張し、その前提として同人の死亡当時の収入を挙げているところ、そのうち同人が遺族扶助料として一箇年金二万千三百円の給付を受けていたという事実は、控訴人らの認めるところである。被控訴人らは、さらに、シマは生前被控訴人らの母として一家の留守を預り家事一切を担当していたところ他人を雇い入れて家事を処理させると一箇月金六千円の支出を要するから、シマは一箇月右同額の収入があつたこととなる旨主張する。前記甲第十三号証、成立に争いのない同第二十一号証及び原審における被控訴人永山君枝本人尋問の結果によれば、シマは被控訴人両名及び訴外藤本富美枝の母であつて死亡当時被控訴人両名と世帯を同じくして生活しており、被控訴人永山君枝は東京生命保険相互会社の本社勤務として一箇月約金二万三千円の収入を得ており被控訴人永山喜久枝も蚕糸試験場に勤務しシマが家庭にあつて留守を預り炊事等の家事をみていたのであつてシマが留守を守つていたため右被控訴人等が後顧の憂なく勤務を続けることができたこと、現在被控訴人君枝は前記会社の日比谷支店勤務(事務主任)に変つており被控訴人喜久枝は勤めをやめて家で仕事をしていること等の事実を認めることができる。したがつて被控訴人らの肉親の母であるシマが一家の留守を預り家事一切を担当し被控訴人らに後顧の憂いなく勤務を続けさせることができないという大きな役割を果していたものであることは明らかであるけれども、それだからといつて右シマ死亡により被控訴人らがこれに代る者を雇い入れることを余儀なくされ被控訴人らが損失を受けるに至つたとしてその損害の賠償を求めるのなら格別、本件事故死した直接の被害者として自身の財産上の利益喪失とみることは理論上困難であるので被控訴人らの右主張は結局肯認することができない。そうすると、死亡当時のシマの年間収入は結局前記遺族扶助料金二万千三百円であるところ、一方、当時の同人の生活費が一箇月金三千五百円であつたことは当事者間に争いがないからその年間生活費は計算上金四万二千円ということになり、その額は右年間収入額をこえる(したがつて、シマは生活に困つていたこととなるが、前記甲第二十一号証によると、これについては被控訴人君枝に扶養されていたことが認められる。)から、同人が本件事故に遭遇しなかつたとしてもその余命のある間に得べかりし財産上の利益を認めることはできない。したがつて、得べかりし利益の喪失によるシマの損害はないこととなり、この点に関する被控訴人らの主張は採用することができない。

次に、被控訴人両名及び藤本富美枝の精神的損害につき考えるに、前記甲第十二号証から第十四号証まで、原審及び当審証人田中昭一郎の証言並びに原審における被控訴人永山君枝及び控訴人李勝春各本人尋問の結果(右証人田中の証言及び控訴人李の本人尋問における供述中前記信用しない部分を除く。)によれば、被控訴人両名及び藤本富美枝は昭和十八年に父永山蔵六を失い本件事故により母シマをも急に奪われたこと、一方控訴会社においては事故当日事故係職員の田中昭一郎が事故の調査を兼ねてシマを見舞つたのみで同人の葬式にも参列せずその後何の挨拶もしなかつたこと、なお富美枝は当時結婚していてシマの許を離れていたこと等の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。以上の各事実に前に認定した本件事故の態様及びこれによりシマが急死するに至つた経過、被控訴人らの家庭の事情並びに被控訴人らの社会的地位を総合して考えると、本件事故により母を失つた被控訴人両名及び藤本富美枝の精神的苦痛は大なるものがあるというべく、その苦痛をいやすべき慰謝料として控訴人らが賠償すべき額は、以上の諸般の事情のほか本件事故に関し被害者シマにも過失のあつたことをも斟酌した上、被控訴人君枝につき金十八万円、同喜久枝につき金九万円、藤本富美枝につき金四万五千円と定めるのが相当である。

ところで、藤本富美枝が控訴人らに対し昭和三十四年四月十八日到達の書面をもつて亡母シマ死亡により相続した損害賠償請求権の自己の持分を被控訴人両名に等分して譲渡しまた自己の慰謝料請求権を被控訴人喜久枝に譲渡した旨の債権譲渡の通知をしたことは、当事者間に争いがないから、富美枝の前記慰謝料請求権金四万五千円は被控訴人喜久枝に譲渡されたものと認めることができ、かつ、右債権譲渡の通知により、同被控訴人は右請求権の譲受けを控訴人らに対抗することができるものといわなければならない。そして、右慰謝料請求権の譲渡に従い、反対の証拠がないから右慰謝料につきすでに発生した遅延損害金請求権も同時に被控訴人喜久枝に譲渡されたものと認められ、これについても右債権譲渡の通知をもつて控訴人らに対抗しうるものということができる。

以上のとおりであつて、本件不法行為に基き、控訴人ら各自に対し、被控訴人君枝は金十八万円被控訴人喜久枝は金十三万五千円(内金四万五千円は藤本富美枝からの譲受分)の各慰謝料請求権を有するから、被控訴人らの本訴各請求は、右各金員及びこれに対する不法行為の後である昭和三十二年十一月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却すべきである。

よつて、これと一部異なる原判決を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条及び第九十二条仮執行の宣言につき同法第百九十六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 川喜多正時 中田秀慧 賀集唱)

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